キャリア自律とは言うけれど?
近年、キャリア支援の現場で頻繁に耳にするようになった「キャリア自律」というホットワード。自分のキャリアは自分で描き、主体的に手綱を握ってキャリア形成をしていこうという考えのもと、さまざまな研修や目標設定が行われています。
その一方で、企業の中で働く多くの人が「自由に自分のキャリアを選べるわけじゃない」と感じているのも事実です。配属も仕事の中身も、自分では決められない──そんなMust(求められること)の中で、私たちは本当に自律できるのでしょうか?
今回は、会社組織という“制約のある場”におけるキャリア自律とは何かを再定義し、実際にそれを支援・実現している企業の事例をもとに、どう実現していくかアプローチ方法を具体的に解説します。
社員や部下の「キャリア自律」をどう促すか悩んでいる経営者・人事・キャリア支援者に読んでいただきたいと思います。
1. キャリア自律とは何か?(再定義)
キャリア自律という概念は、国や理論によって定義が少しずつ異なりますが、共通する要素は「自分の意思で、自分のキャリアを方向づけること」です。
▷ 日本国内における定義:
経済産業省の「人生100年時代の社会人基礎力(2020年改訂)」では、
「一人ひとりが自分自身のキャリアや人生を主体的に築く力(キャリア自律)」 が重要であると示されています。 これは、“変化に対応し、自ら学び・考え・行動する”という視点から、キャリアを自ら切り拓く力として捉えられています。
▷ 国際的に有名な定義:プロティアン・キャリア理論(D.T. Hall, 1976, 2002)
プロティアン・キャリアとは、「変幻自在なキャリア」という意味で、
「自分の価値観に従って、キャリアを自己主導で形成していくこと」 がその中核にあります。
Hallは、キャリア自律を「自己主導性(self-directedness)」と「価値観基盤(value-driven)」の2軸で定義し、変化の激しい時代において、組織に依存せず、自分の意思でキャリアを築くことの重要性を説いています。
ここで、キャリア形成の基本フレームである Will × Can × Must を整理しておきましょう。
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Will:やりたいこと(価値観や興味、ありたい姿)
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Can:できること(経験・スキル・得意分野)
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Must:求められること(社会や組織、顧客から期待される役割)
この3つの重なるゾーンこそが、キャリアにおける最適な選択領域(求められることが、やりたいし、できる/向いている)とも言われますが、現実には Mustだけが突出して強く、WillやCanが押し込められる状態 が多く見られます。
特に企業における Mustとは、「会社や上司、制度、顧客などから”求められている職務・役割”」 であり、配属、評価、業務目標などの形で与えられます。社員の多くは、これに対し“受け身”の姿勢になりやすいのが現状です。
2. なぜキャリア自律は難しいのか?(現場のリアル)
Mustの影響が強い組織において、次のような現象が起こりがちです:
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配属先は選べず、異動も突然言い渡される
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評価指標が明確でなく、自己裁量が効きにくい
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日々の業務に追われ、キャリアを考える余裕がない
このような環境で「あなたはどうしたいの?」と問われても、戸惑うのは当然です。
キャリア自律という言葉が、「自分の人生は自分で決めること」という抽象的な理想になってしまい、逆に現場との乖離を生む要因にもなっています。
3. 組織の中でのキャリア自律とは?
では、こうした制約の中でキャリア自律を実現するとはどういうことなのでしょうか?
ここで再定義したいのは、次のような考え方です。
「与えられたMustの中で、自分の価値観と強みを活かし、“意味”を見出し続けること」
キャリア自律とは、「全部自分で決める」ことではなく、「意味を自分でつくる」という姿勢 です。
たとえ配属や業務内容が自分で選べなかったとしても、その中で自分らしさを発揮したり、役割に意味を見出したり、小さな裁量を工夫したりすることで、キャリアの手綱を自分で握っている実感を得られるのです。
4. Mustの中で“意味”を見出す方法
組織内でキャリア自律を体現するには、具体的な行動を通じて「意味」を見出すことが重要です。
以下に、各要素に対する自律的な行動の例を挙げます。
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配属:企業や上司が自分に何を期待しているのか、その意図を理解しようと努め、自分の強みを活かしてどのように価値提供できるかを主体的に考える姿勢が求められます。
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評価:評価項目そのものに一喜一憂するのではなく、その背後にある組織の価値観やねらいを読み解き、自分がどのように貢献すればその価値に沿えるのかを見極めていくことが、自律的なあり方です。そのために、自身で意欲的な目標を掲げて挑戦していきます。
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業務:担当業務をただこなすのではなく、その中で裁量や工夫の余地を見つけ、自分なりの改善や新たな取り組みを試みることで、業務を通じた成長や意味づけが可能になります。
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上司:単に指示を受け取るのではなく、上司の意図や期待を正確に読み取り、自分のWill(やりたいこと)との接点を見出す努力をすることが、自律につながります。
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学び:組織の方向性と自分の関心領域の重なりを見つけ出し、そこに向けて継続的に学び続ける姿勢やスキルへの投資を行うことが、自律を実現するための基盤になります。
Mustは“上司の期待”に限らず、企業理念、業績目標、顧客ニーズ、法令遵守、社内文化など、多層的に存在します。そして、その中で自分がどのMustにどう応えるかを選ぶこと自体が、自律の第一歩でもあります。
自分で選択した就職先において、配属された理由を自分なりに解釈し、その中で自分の強みをどう活かし、どう貢献できるかを考える。日々の業務の中に裁量や工夫の余地を見つけ、小さなチャレンジを重ねながら、自分のWillと重なる部分に意識的に自己投資していきましょう。
5. キャリア自律を支援する企業事例
● 味の素株式会社
(出典:味の素株式会社 新卒採用サイト「人財育成」ページより)
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自己申告制度や社内公募が活発
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上司との1on1にキャリア面談が組み込まれている
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全社向けキャリアを考えるイベント「キャリフェス」開催(年2回)
● カゴメ株式会社
(出典:カゴメ株式会社 採用情報「人財育成・働く環境」ページより)
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年1回の自己申告制度(全従業員対象)
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社内公募/キャリア異動希望制度で希望職務に就くチャンスが増える
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選択型スキル研修/越境研修などで自律的な学びの機会が多い
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副業可能で、働き方を見直せる
こうした制度も、各自が活用できてこそ価値があります。形骸化された研修やイベントにならないよう、キャリア支援者としては、本人の未来につながっている制度として積極的な活用を促していきましょう。
6. 支援者としての問いかけ:Mustの中で“自由”をつくる
この意味付けの重要性は理解できても、会社や社会から求められるMustが強く、限られた制約条件の中では、Willの言語化はなかなか難しいでしょう。